History of Buddha|ブッダの歴史 vol.1

1986年、名古屋に「DJをフューチャーする店を!」というスローガンで、東京と名古屋のスタッフによってクラブ第1号としてオープン!!

口コミだけで、斬新で奇抜で怪しげな空間は、あっという間に話題になりました。メディアでは宝島等にもピックアップされ、個性的な人がどんどん押し寄せてきました。壁には当時バングラビートが好きだったので、シーラチャンドラのジャケをヒントに知人にWALL PAINTしてもらいました。フロアーの床はゴールドで照明が当たるととても綺麗でした。

機材はミキサーがRODEC SM200、タンテがTechnics SP15、スピーカーは自作のエンクロージャーにJBLとFOSTEXを組み込みました。パワーアンプはヤマハのPCシリーズで、後にコンプ、イコライザーもセットしローランドTR808等が登場しました!!照明はミラーボールを500Wのスポット2発で当て幻想感を出し、左右に4発づつスポットを設置しシンクロするようにセットしましたが、電球がすぐに切れて大変でした。

当時の名古屋は個性的な小箱は全て無くなり、大箱から流れてくる傾向が多かったです。客層はごちゃ混ぜ+入場料金が安かったせいか外人客も多かったです。毎日英語をヒアリング1時間はしてました(笑)

お酒は高額だった頃で、ワイルドターキーが特に高くて仕入れ値が¥9000!月の酒代も60万越えでびっくりしました!!!年配の方々にはディスコの名残でサントリーレッドが人気でロックを並々に注いでました!年配と言っても30代!デイスコ&クラブのお客さんの平均年齢が20~25歳でしたから今の高齢化には驚きです!

住居は、知り合いの不動産屋さんから最初から贅沢は許さんってことで、スタッフ4人で、家賃¥37,000の日が当らないマンションで共同生活してました。若気の至りで色々とありましたが、皆んなで知恵を振り絞って乗り切った日々はとても楽しかったです。   

続く・・・